【第2回】ISO/IEC 42001、どこから始めるべきか?
第1回では、ISO/IEC 42001への取り組みを始める前に確認すべき準備事項について説明しました。規格がAIをどのような観点で捉えているのかを理解し、適用範囲を定め、利害関係者を特定することが最初のステップです。
では、実際の準備は何から始めればよいのでしょうか。
AI方針や管理ガイドラインの策定から始めることもできます。AI倫理ガイドラインを作成したり、AIリスク評価や影響評価から着手したりする方法もあります。
どれも有効な出発点です。組織が得意とし、すでに関連資料や経験を持っている領域から始めるのがよいでしょう。
しかし、何から始めるべきか分からない場合は、まず組織内に存在するAI資産を特定し、AIインベントリを構築することをお勧めします。
AIインベントリとは何か?
AIインベントリ(AI Inventory)とは、組織が開発・提供・購入・利用するAIシステムとAIユースケースを特定し、その目的、責任者、データ、接続関係、リスク、運用状況を管理する体系的な管理台帳です。
簡単に言えば、次の問いに答えるためのものです。
組織内で、どのようなAIが、どのような目的で、誰の責任のもと、どのデータとモデルを使用して運用されているのか?
なお、ISO/IEC 42001には「AIインベントリ」という用語は直接登場しません。しかし、附属書AのA.4「AIシステムの資源」では、AIシステムの構成要素と資産、データ資源、ツール資源、システムおよびコンピューティング資源、人的資源などを特定し、文書化することが求められています。
組織内にどのようなAIが存在し、どのように利用されているかを把握しなければ、管理範囲を定めることも、どのAI資産を対象にリスクや影響を評価すべきかを判断することもできません。その意味で、AIインベントリはISO/IEC 42001を実務に適用するための基盤です。
以下では、AIインベントリを段階的に管理・拡張する方法を説明します。
ステップ1:組織のAI資産を特定する
まず、次の問いに答えられる必要があります。
私たちの組織には、どのようなAI資産が存在するのか?
特定対象はLLMだけではありません。
- AIシステムとユースケース: カスタマーサポート用チャットボット、文書要約、レコメンデーションシステム
- AIモデル: LLM、埋め込みモデル、自社開発モデル、ファインチューニングモデル
- AI実行資源: Agent、App、Chat、Workflow、Automation
- AI接続資源: MCP Server、Tool、外部API、SaaS
- AIナレッジ資源: Prompt、Knowledge Base、RAG、ベクトルデータベース
- データ資源: 学習・検証・本番データ、文書、個人データ
- 運用資源: クラウド、データベース、ログ、モニタリング
- 責任主体: システムオーナー、運用担当者、外部プロバイダー
エージェント型AI(Agentic AI)やAI Workflowの構築が進むにつれ、API KeyやSecretも頻繁に発行されます。その過程で、未承認・未管理の認証情報や、すでに利用されていないにもかかわらず失効されていない認証情報が残ることがあります。これらも特定対象に含める必要があります。ただし、インベントリにSecretの値そのものを記録するのではなく、どのシステムが利用しているのか、誰が管理しているのか、どこに安全に保管されているのかを管理します。
最初からすべての資産を完璧に特定する必要はありません。顧客に直接影響する中核的なAIシステムや主要製品から始め、段階的に対象範囲を広げていけばよいのです。
ステップ2:資産の関係性と責任を構造化する
AI資産を特定したら、次は発見した資産に管理情報を付与し、資産間の接続関係を構造化します。
資産名を登録するだけでは、AIシステムが実際にどのように動作し、どのようなリスクを持つのかを十分に理解できません。同じLLMが複数のAgentやサービスで利用される場合もあれば、1つのAgentが複数のデータ、MCP Server、外部APIにアクセスする場合もあります。
そのため、AIインベントリには、各資産の目的、責任者、運用状況、利用データ、外部プロバイダー、他のAI資産との接続関係を記録する必要があります。
AIインベントリによって、次の問いに答えられるようにすることが重要です。
- このAI資産はどの業務に利用されているのか?
- 誰が所有し、運用しているのか?
- 他のAgent、Model、MCP、Toolとどのように接続されているのか?
- 現在、開発・検証・本番運用・廃止のどの段階にあるのか?
AIインベントリの目的は、できるだけ多くの資産を登録することではありません。重要なのは、各AI資産が組織内でどのような役割を担い、互いにどのように接続されているのかを把握することです。
ステップ3:資産ごとのリスクと影響を評価する
AI資産とその接続関係が可視化されると、リスク評価と影響評価の対象も具体的になります。
例えば、同じMCP Serverが提供するToolであっても、情報を参照するToolと、データを作成・変更・削除するToolではリスクが異なります。また、公開文書だけを利用するAgentと、個人データを含むデータベースにアクセスするAgentを同じレベルで管理することはできません。
AIシステムの目的、ユーザー、モデル、データ、権限、外部接続、潜在的な影響に基づいてリスクと影響を評価する必要があります。AIインベントリは、その評価を行うための基礎情報になります。
ステップ4:必要な統制を決定する
リスクと影響を評価したら、その結果に応じた統制を決定します。
例えば、外部システムのデータを変更・削除できるToolには、最小権限、ユーザー承認、実行ログ、重要操作の二重確認などの統制が必要になる場合があります。
すべてのAIシステムに同じ統制を適用する必要はありません。各システムの目的、データ、権限、影響度に応じて、必要な統制を選択することが重要です。
AIガバナンスの目的はAIの利用を妨げることではありません。リスクを理解したうえで、組織がAIを責任を持って利用できるようにすることです。
最終的にはAI Control Towerへ拡張する

AIインベントリは、一度作成して終わる文書ではありません。
AI技術は日々変化し、進化しています。企業でも新しいモデルが導入され、新しいAgentやWorkflowが作られ、MCP Serverや外部AI SaaSが追加され続けています。既存システムのデータ、権限、接続関係も絶えず変化します。
そのため、新しいAI資産を継続的に発見し、インベントリを更新し、変化したリスクと影響を再評価する必要があります。
これらの活動を一元的かつ継続的に行う管理体制が、AI Control Towerです。
AI Control Towerとは、組織内に存在するAIシステムと関連資源を統合的に把握し、資産間の接続関係と責任を管理しながら、リスク・影響評価と統制に関する意思決定を支援するAIガバナンスの仕組みです。
AI Control Towerは、すべてのAIを直接制御したり遮断したりするものではありません。重要なのは、組織のAI環境に対する統合的な可視性を確保し、次の問いに継続的に答えられるようにすることです。
- 組織内にはどのようなAIが存在するのか?
- 何と接続され、誰が責任を持っているのか?
- どのようなリスクと影響があるのか?
- どのような統制が必要で、何を優先的に改善すべきか?
全体の流れは次のように整理できます。
Identify → Inventory → Assess → Govern → AI Control Tower
AI Control Towerは、最終段階で追加する単独の機能ではありません。資産を特定し、インベントリで管理し、リスクと影響を評価し、必要な統制を決定するプロセスが継続的に運用されている成熟した状態を意味します。
最初から完成されたAI Control Towerを持つ組織はありません。まず重要なAI資産を特定し、管理可能な範囲でインベントリを構築したうえで、評価とガバナンスのプロセスを段階的に接続していくことが現実的です。
QueryPie AIPで、AIインベントリからAI Control Towerへ
組織におけるAIの利用範囲がまだ限定的であれば、文書やスプレッドシート、既存の資産管理システムから始めることもできます。
しかし、AI資産が増え、クラウド、Agent、MCP、Workflow、外部システムとの接続が複雑になると、手作業だけで最新の状態を維持することは難しくなります。情報セキュリティマネジメントシステムの運用で経験してきたように、管理対象が増えるほど、一元的に最新状態を把握することが難しくなり、放置される資産も増えていきます。可視性の範囲外にある資産は、新たなリスクになり得ます。
QueryPie AIPは、こうした課題を解決するための管理体制を支援します。各種クラウドAPIを通じてAI関連資源を自動的に発見し、自動検出が難しい外部AI SaaSやその他の資源については、手動で登録して同じ場所で管理できます。
管理対象はLLMに限りません。AIシステム、Agent、MCP ServerとTool、Workflow、Knowledge、データ、外部API、およびそれらの接続関係を1つのインベントリで管理できます。
発見されたAI資産は、リスク評価と影響評価の対象として関連付けられます。また、評価結果に基づき、最小権限、ユーザー承認、実行ログなど、組織が検討すべき統制に関するガイダンスを提供できます。
これにより、組織のAI管理体制は単なる資産一覧を超え、組織のAI環境を一元的に把握・管理するAI Control Towerへと発展できます。
AI資産をどこから特定すべきか、発見した資産をどのように管理しリスクを評価すべきか、企業のAX(AI Transformation)をどこから始めるべきか、安全で責任あるAI環境をどのように構築すべきか、あるいはISO/IEC 42001の準備をどこから始めるべきか、お悩みではありませんか。ぜひQueryPieまでお問い合わせください。
QueryPieは、ISO/IEC 42001をはじめとする各種セキュリティ認証を自ら準備し、AIマネジメントシステムを運用する中で蓄積した経験をもとに、AI資産とそれに接続する主要なIT・データ資産の統合管理、リスク・影響評価、そして組織のAI管理体制をAI Control Towerへ段階的に発展させるための現実的な道筋を、ともに設計します。
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